東京都足立区を拠点に活動するサッカークラブ・ヴェルメリオは、2024年に10周年を迎える。2014年の設立以来、スクール生からジュニアユースまで100名を超える選手たちが、足立区だけでなく周辺地域からも集まり、日々切磋琢磨している。
ヴェルメリオが目指すのは、単なる技術の向上ではない。サッカーを通じて、選手たちに何を伝え、どんな未来を描いているのか。彼らにどのような言葉をかけ、どのように成長を促しているのか。
今回は、クラブ代表兼統括・U-15担当:内野義識氏、ジュニアユース監督・U-14担当:滝本裕紀氏、ジュニアユースコーチ・U-13担当:田嶌祐作氏の3人に、ヴェルメリオが10年かけて築いてきた「育成」の本質について話を伺った。
ヴェルメリオのはじまり
ヴェルメリオが現在の姿になるまでには、どのような歩みがあったのだろうか。過去に遡ると、2つのチームがその母体となっていた。
「もともとジュニアには『栗の実SC』、ジュニアユースには『チェスナッツ』というチームがありました。当時、これらを運営していた代表が現場を離れることになり、2014年に南裕司さんがその役割を引き継ぎ、『K.Z ヴェルメリオ』が誕生したんです。南さんが7年間代表を務め、そして2021年、再びチームに転機が訪れ、現行の『ヴェルメリオ』として新たにスタートを切りました」。
「K.Z」を外したのは、元プロサッカー選手である南氏の意向だった。現在、南氏は選手を海外へ送り出すエージェント会社を経営しつつ、内野氏の相談相手としても頼りになる存在だ。
ヴェルメリオの育成環境に見えた3つの特徴
Jリーグ下部組織や地域のサッカークラブは数多く存在し、それぞれに独自の特徴を持っている。
選手たちはチームを選ぶ際、どうしても目に見える「サッカーの表側」に注目しがちだ。しかし、未来ある育成年代の選手には、チームの「裏側」にも目を向けてほしいと考える。
長年、育成年代の指導を行っているヴェルメリオを取材したところ、3つの際立った特徴が見えてきた。
1.自分の考えを持ち意見を伝える力
「高い目標を持ってみんなを引っ張る人材になってほしい」
「僕らは選手が意見を言える環境作りを心掛けている」
こう語る内野氏の言葉には、自身の豊富な経験が色濃く反映されている。
内野氏は20代で海外に挑戦し、プロサッカー選手としての厳しさを身をもって知った。異国の地で成功を収めるためには、ただ待っているだけでは通用しない。自ら積極的に考えを伝え、コミュニケーションを取る姿勢が求められるのだ。
U-15を卒業し5年が経過すれば、選手たちは20歳を迎え、社会的には大人として扱われる年齢に達する。自分の意見を持ち、それを伝える力は、選手が社会で成功するために必要不可欠なスキルであると言える。
「俺はこう思っている、こうやってほしい。でも選手から『自分はこう思っていました』っていう感じで、コミュニケーションを取り合える関係でいたい」と、U-13コーチの田嶌氏は、選手との密なコミュニケーションから、選手の言葉を引き出そうとしているのがわかる。
スポーツ業界の一部には、選手たちに一切の意見を言わせない環境が依然として存在する。しかし、ヴェルメリオは時代に即した育成環境の構築に全力を注いでおり、その姿勢がチーム全体に浸透しているのが見て取れる。
2.保護者の心に寄り添う雰囲気
育成年代においては、学業や親子関係が影響し、チームや保護者に心配をかけることが少なくない。特にU-13~15年代の選手たちは、思春期に差し掛かり、保護者に対して本音を言わないことが多い。
ヴェルメリオのように100名以上の選手を抱えるクラブでは、保護者からの相談も頻繁に寄せられるだろう。
「保護者から『家での生活がひどいんですが、サッカーはどうですか』と相談されます」と、U-14監督の滝本氏は語る。
その物腰の柔らかい雰囲気が、保護者たちからの信頼を集めているのだろう。滝本氏は「こちらでの姿を伝えて安心していただくことも大事であり、家での生活ぶりを共有しておくことで選手を知り、家庭と協力して選手を健全な方向へ導くことも同時に大事なことだと思い、活動しています」と、選手ファーストの姿勢を貫いている。
また、ヴェルメリオサッカースクールの保護者たちからは「チームを作ってほしい」という声も寄せられている。内野氏は「保護者の希望にはできる限り応えたい」と考えているものの、「ありがたい言葉ではあるが、現状のチーム状況を考慮すると今は難しい」との判断を示している。
内野氏は「まだ変えられない部分もあるが、保護者の気持ちを知り、こちらができることをお互いに共有することは、今後、クラブの成長に向けとても重要だと思っている」と語る。
周囲には多くの魅力的なクラブや強いクラブが存在するが、選手たちは目標を持ってヴェルメリオを選び入団してきている。「そうした選手たちをどこまで引き上げられるかが我々の挑戦であり、モチベーションの高いスタッフたちが揃っている」と、内野氏は誇らしげに語った。
3.サッカークラブと学習塾の提携
ヴェルメリオが指導するU-13から15年代は、サッカーに専念するだけでは済まない時期である。高校や大学進学を見据えた学業の時間が必要となり、学業とサッカーの両立は全国のスポーツクラブで共通する悩みである。
「受験に限らず、勉強を理由にサッカーやクラブを休みたい、辞めたいという相談は毎年あります」と、内野氏は語る。その表情には、選手や保護者のために学習塾を用意し、問題解決を図ろうとしているものの、思うように利用されていないという内心のもどかしさが見える。
多くの選手は、自宅近くの学習塾に通い始めるが、塾のスケジュールやカリキュラムは既に決まっており、調整が難しいのが現実である。
「〇曜日は塾があるので練習を休みます」
「勉強に力を入れるのでクラブを辞めます」
これらの悩みに応えるため、ヴェルメリオは学習塾と提携し、練習や試合への影響を最小限に抑えるためのスケジュール調整を実現している。この取り組みは、スポーツと学業の両立を支援する画期的な試みであると言える。
U-13から15年代は、スポーツを通じてスキルや精神面が最も成長する時期だ。ボールに触れる回数が増えれば増えるほど上達し、チームや仲間のために利己心を抑えて行動することで、人間としての成長も著しい。
「他の学習塾に通うことでサッカーと距離を置かなければならなくなるのであれば、提携している塾をうまく活用し、学業とサッカーの両立を当たり前にする文化を自分で作ってほしい」と、内野氏は学業とサッカーの両方の成長を切に願っている。
すべては選手たちの環境づくり!スクール立ち上げへの想い
ヴェルメリオは、2023年から本格的にスクール事業を立ち上げた。その背景には、クラブ運営の観点から見れば、ジュニアユース年代を増やす方が賢明であるとの考えもある。しかし、代表の内野氏は、選手たちの環境づくりに対する強い想いを抱いていた。
内野氏は「子供たちがサッカーで遊べる環境が減ってきてしまっているから、平日にボールを触る時間、練習場所をもっと増やしたいんです。誰かに教わるという環境ではなく、そこに行けば好きな仲間・大人と一緒にサッカーできる、勝負ができる。今日のミニゲームは勝てるかな?こんなプレーしてみたいなという“ワクワク感”のある環境を目指しています。その結果、選手が持つサッカーへの熱い想いへと繋がっていくと思っている」と語る。
内野氏は、クラブ生の成長だけでなく、未来の子供たちのためにサッカーができる環境の整備にも注力している。
ヴェルメリオサッカースクールのコンセプトは、まさにこの理念に基づいている。
選手が大人を気にせずひたすらサッカーに夢中になる環境を作りたい。遊び感覚で来れる環境作りを目指す。
さらに内野氏は「ゴールとボールがある以上、相手がいてゲームが生まれる。試合に勝ちたい気持ちを持ち始めると、自然と選手のなかで大きなテーマになってくる。そこに向かってエネルギーを出せる環境を僕らが作ってあげて、あとは選手がそれをピッチ内で表現するだけです」と選手自ら行動できるよう意識しているという。
ヴェルメリオスクールには「コーチに教えてもらう」はない。選手たちが自主性をもってサッカーがしたくなる環境がある。そこには、スポーツと育成の本質が詰まっていると言わざるを得ない。
スポーツは日頃の行動がすべてに繋がる
「選手たちには『日頃の取り組みや行動がすべて試合に出る』と伝えています」と語るヴェルメリオは、育成年代にとってこの重要な教えを選手たちに繰り返し伝えている。
スポーツの世界では、目標達成には厳しい時間が続くことが多い。できないことをできるようにするためには、辛抱強い継続が必要であり、望む結果が得られない時もある。それを受け入れる精神力が求められる。
ヴェルメリオの指導者たちは、勝負へのこだわりが選手の成長に欠かせない要素であると同時に、日々の行動が成長や結果に直接結びつく重要な要素であると考えている。
日頃の行動が実を結んだ日
T2リーグを目指すヴェルメリオのトップチームは、シーズン初めのリーグ戦で期待外れの結果に終わっていた。高円宮杯にも出場できるレベルには達していなかった。
内野氏は、当時を振り返り「チームとしての熱量が欠け、まったく上を目指している集団には見えなかった。弱々しくて、T4への降格も覚悟した」と表情を固くした。「このままでは選手のためにならない」と感じ、大事な試合までの1ヵ月間、チーム全体に対して日頃の行動を見直すよう声掛けと意識づけを徹底した。
自分たちが上回れそうな相手にも勝ちきれない。T2昇格には敗戦が許されない状況に追い込まれた際、内野氏は選手たちに自分たちと格上チームとの基準の違いを自覚させた。
「自分たちの基準が低いのだから、日頃の習慣の質を落とせば、あっという間にどん底に戻ってしまうよ」と内野氏は選手たちを鼓舞した。1ヵ月間にわたって、練習試合を含むすべての基準を変えさせ、日頃の細かな習慣の質も向上させていったという。
その結果、驚くべき成果が得られた。リーグ戦では上位をキープし、高円宮杯への出場権も無事に得ることができた。決戦の日に選手たちが自分たちのレベルが確実に向上していることを実感できたのは大きな収穫だった。
日頃の習慣を変えればすべて変わることを体感できた選手たちには大きな財産だろう。ヴェルメリオはその後も、自分たちの基準に満足せず、常に少し高い基準を意識した取り組みを継続している。
その後ヴェルメリオは、自分たちの基準ではなく、常に少し高い基準を意識した取り組みを継続している。
理解するまで本気で接する
ヴェルメリオの指導者たちは、どのカテゴリーにおいても選手たちに本気で向き合い、深い愛情をもって指導している。
「みんなで強くなって、本気で1勝獲りに行く」と、田嶌氏は力強い言葉でチームを鼓舞する。普段のトレーニングでも選手とのコミュニケーションを大切にし、積極的に接している。
U-13年代では、小学生から中学生への移行期に、8人制から11人制へのシステム変更という難題が待っている。初めて11人制の試合に臨む選手たちは、その変化に戸惑いを感じることも少なくない。
しかし、田嶌氏の的確な声掛けとサポートによって、選手たちは次第に本気で行動しようとする意識を高めているのが感じられる。
同様に、滝本氏も「勝っても負けても勝負にこだわって本気でやろう。そこに上手いとか下手とかは関係ない」と選手たちに語りかけることで、選手たちが確実に変化しているのを見逃さない。滝本氏の指導は、選手たちにとって勝負の本質を理解する大きな助けとなり、彼らの成長を促進している。
ヴェルメリオに恩返しするために戻ってきた
ヴェルメリオはこれまで多くの卒業生を輩出してきた。その中には、ヴェルメリオでの時間が人生の転機となった選手も多い。現在、サポートスタッフとしてチームに戻ってきた田中氏もその一人だ。
田中氏がヴェルメリオに戻ってきた理由、そしてヴェルメリオでの経験が彼の人生にどのような影響を与えたのか、彼のリアルな声を聞いてみた。
「今までの人生を振り返ると、ヴェルメリオでの時間は自分にとって大きな転機でした。コーチのみなさんが常に私たちを信じ、ピッチ内外で必要なことを伝え続けてくれました。その時は気づかなかったけれど、今、自分が指導者として関わることで、その大変さを痛感しています」と、感慨深く語った。
「私たちの学年は全体で雰囲気が良く、全員が「負けたくない」という、強い勝利への意志を持っていました。特に2年生の後半になると、目の前の相手に負けたくないという意識がみんな出てきて、練習や試合を問わず、常に敵に勝つという雰囲気がありましたね。
また、日常的な行動によって、ピッチ内外の区別ができる集団として成長できたことが、私にとって一番成長に繋がったと感じています」
田中氏は続けて、「ヴェルメリオで大きく成長できたので、何か貢献したいという気持ちが強かったです。3年間、コーチたちが示してくれた行動一つ一つに感謝しており、その感謝の気持ちを今の選手たちに伝えたくて戻ってきました」と、少し照れながらも自分の想いを語ってくれた
ヴェルメリオは単なるサッカー指導にとどまらず、サッカーを通じて一人の人間としての成長を促す環境を提供している。
勝負がスポーツの一部であることは間違いないが、ヴェルメリオはその枠を超えて、選手たちの長い人生を見据え、社会で活躍できる人材育成にまで力を入れている。
足立区に拠点を置くサッカークラブ。
主に育成年代の指導に力を入れている。毎週火曜日と金曜日は、スクールでクラブ生以外の子供たちにもサッカーをプレーできる環境を整えている。
●ヴェルメリオHP
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