「海外でさらに成長できるようがんばってきます」
「いつかまたNACK5でみんなと戦える日を楽しみにしています」
こう語ったのは、大宮アルディージャトップチーム所属の種田陽(19)だ。種田は2024年6月1日(土)明治安田J3リーグ第15節・ホームゲームのAC長野戦をもってチームを離れることが決定した。
9月からアメリカのマーシャル大学へ通いNCAAリーグでプレーするためである。
National Collegiate Athletic Associationの略で、全米大学体育大会のことで、アメリカ大学スポーツを統括する組織。
種田は大宮アルディージャのアカデミーで育った生え抜きの選手である。小学4年生から大宮アルディージャジュニアに所属し、同年代には大宮アルディージャトップチームで獲得している市原吏音(19)がいる。
2人は大宮アルディージャジュニア時代からU-15、U-18とずっと成長してきた仲間であり、戦友でもある。
種田がアメリカの大学進学を考えたのは、トップチーム昇格よりずっと前からであり、そのためトップチームとの契約も「アマチュア契約」という形だった。
本人はクラブを通して次のようにコメントしている。
今回、留学という選択をした理由は、幼い頃からの夢である世界で活躍するプレーヤーになるために、語学を学びつつ、様々な環境を経験することで自分を高めたいと考えたためです。シーズン中にも関わらず、チームを去ることは非常に心苦しく、自分自身まだこのクラブでプレーしたい気持ちもあり、本当に悩みましたが、視野を広げ、これまでとは異なる環境に身を置くことで、自分を成長させたいと思い、今回この決断に至りました。
引用:大宮アルディージャ公式サイト
本人は以前から、世界で活躍するプレーヤーを目標にしていた。計画通りといってもいい。驚いているのはファンやサポーターであり、種田自身は目標に向かって進んでいるという気持ちだろう。
生粋のサッカー小僧
種田は大宮アルディージャジュニアに入団する前の小学3年生でFOOTBALL ZONEの取材を受けている。
取材動画を見て最初に驚くのは、ボールを扱うスキルだろう。
筆者は育成年代のU-10やU-12のサッカー選手を数千人以上見てきた指導者でもある。しかし、小学3年生で種田のようなボールスキルを身につけている選手をほどんど記憶していない。
このスキルの裏側には、毎日飽きずにボールを触れる生粋のサッカー小僧魂の素質が必要だろう。
これだけのボールスキルがあって、大宮アルディージャジュニアに入団したのだから千言万語が必要ないことは誰が見てもわかること。
高いボールスキルに誰もが注目する。
とはいえ、種田の素晴らしいところは小学3年生でありながら自分の言葉でしっかり話せているところである。
こういうメンタルやマインドの強さが同年代との大きな差に違いない。自分の頭で考え、言語化できる力が大切であることを育成年代の選手は知っておくといいだろう。
JFAエリートプログラムメンバー選出
種田は小学4年から大宮アルディージャのアカデミーに入団し、そのまま大宮アルディージャU-15の昇格を決めている。
2019年には、JFAエリートプログラムU-14トレーニングキャンプメンバーに選出された。大宮アルディージャU-15からの選出は種田のみである。
このとき、同年代で現在大宮アルディージャのトップチームで活躍している市原吏音は選出されていない。この時点でサッカー小僧の種田は、すでにプロの道を歩き始めたと言っても過言ではない。
1年前には「2018ナショナルトレセンU-14前期」にも選出され、那須スポーツパークのキャンプに4日間参加した経験もある。
U-18プレミアリーグEASTの苦難
2021年にはU-18大宮のユースへ昇格した種田、1年生から「プレミアリーグEAST」のメンバー入りしているのは実力以外何もないだろう。
同年、U-17日本代表のトレーニングパートナーに選出され、年代別代表メンバーと4日間の活動に帯同し、個人としても着実に成長を遂げている。
翌年には市原吏音と共にU-17日本代表メンバーに選出され「第24回国際ユースサッカーin新潟」の出場を果たした。
種田は順調にプロの世界へ近づいていたが、高校3年生で迎えた「高円宮杯JFAU-18サッカープレミアリーグ2023EAST」ではリーグ残留争いに苦しんだ。
大宮アルディージャU-18は後半戦8試合未勝利という、長く暗いトンネルを歩き続けることになるからだ。
最終節まで残り3試合の時点で「降格」の文字がうっすらと見えはじめていた。
後輩たちに残した「プレミアリーグ」の戦場
1試合も負けることが許されない試合が続くなか、大宮アルディージャU-18は全員で意地を見せ、残り3試合全て勝利し、かろうじてプレミアリーグ残留を勝ち取った。
種田自身も第21節の前橋育英戦では、大事なシーンで逆転ゴールを決め、チームの勝利に貢献している。
チャンスが訪れたのは1-1の同点で迎えた後半33分。ペナルティエリアに侵入したアルディージャは相手のハンドからPKを獲得。
決めれば首の皮一枚で残留の可能性を掴み、外せば降格圏内に足を突っ込むという緊迫なかでキッカーは大宮のエース種田。
会場が静まり重たい空気が流れるが、種田は何事もなかったかように冷静にゴール左隅に決める。
ゴール後、笑顔でベンチへ走り、控え選手たちと抱き合い喜ぶシーンが印象的であった。終了間際にはあわや同点かと思わせるピンチもあったが、GK野口が最後まで集中力を切らさずゴールを死守。大宮はこの1点のリードを守り勝利した。
前橋育英高校 | スコア | 大宮アルディージャU-18 |
0 | 前半 | 1 |
1 | 後半 | 1 |
1 | 結果 | 2 |
他会場の結果により、大宮アルディージャU-18は最終節を引き分け以上で終えればプレミアリーグ残留が決定する状況。相手は同じ埼玉の強豪昌平高校だ。ホームのNACK5スタジアムに迎え「埼玉ダービー」が行われた。
引き分けでも残留できたが、チームは最後まで勝利を追い求めて戦う。いいリズムから前半で2点を先制した大宮が後半1点を返されるも気迫で守り見事勝利を掴みとった。
種田たちは自力でプレミア残留という大役を果たしたのだ。
2023年は大宮のトップチームがJ2からJ3へ降格するという事態が起こったため、アカデミーの降格は阻止したいという思いがあっただろう。
非常に苦しい年だったが大宮のU-18は全員で戦い抜き、後輩たちにプレミアリーグの戦場を残せたのだ。
種田は中心選手としてチーム最多7ゴールを決める活躍でリーグ残留に大きく貢献している。
そして、小学4年生からの9年間、大宮で育ち成長した姿が認められトップチーム昇格を決めプロの世界へ。
これまでお世話になった全ての方々への感謝を忘れず、代表や海外で活躍するという目標を達成するためにも日々精進し、大宮のために少しでも恩返しができるように、持てる力の全てを尽くして大宮のJ3優勝に貢献します。
引用元:大宮アルディージャ公式サイト
コメントからも意識はすでに海外に向いていることがわかるだろう。
勝利へのゴールは置き土産!?目標だった海外でのプレーを決意
種田のトップチーム昇格には多くの大宮サポーターが喜んだ。U-18世代では小柄な体を活かしたスピーディーなドリブルを武器に、相手チームのゴールへ迫っていくプレーが特徴的だった。
サイドでボールを受けるとクロスやカットインで多くのチャンスメイクができ、プロでも十分に通用するセンスを持っている。
プロ昇格から数ヶ月後、ついに待望のプロ初ゴールが生まれた。
ルヴァンカップ1回戦のアウェイFC岐阜戦、後半83分右サイドでボールを受けた種田はドリブルを開始。スピードに乗ったドリブルからペナルティエリア角から侵入、非常に狭いスペースから左足を振りぬいた。ボールは相手DFの股を抜けゴール右隅へ見事なシュートを決める。
この活躍から、今後トップチームでどんな活躍をするのかサポーターの期待は膨らんでいたはず…
しかし、サポーターの期待は約5ヶ月で崩れ落ちてしまう。本記事の冒頭に書いた通り、以前から目標にしていた海外でプレーするというチャンスが訪れたのだ。
学生時代からセカンドキャリアについても考えてたというしっかり者の種田は、トップチーム昇格か大学進学か迷っていた時期があった。
サッカーメディア「ゲキサカ」で以下のようなコメントしている。
元々、セカンドキャリアのことなども考えて、いきなりプロに進むより、大学に進んで(人生の)視野を広げた方が良いかなと考えている部分があって、トップ昇格を希望するか、大学に進むか迷っていました。
引用元:ゲキサカ
種田はアメリカの大学へ進むことを決意。渡米まで時間があるため、数ヶ月間のアマチュア契約として大宮アルディージャでプレーする環境を与えてもらっていた。
アカデミーで育ったひとりの選手が抱く将来の目標に対して、Jリーグでは前例はなかったが会社としてもチームとしても全体でサポートしているファミリー感が伝わるひとコマだ。
ルヴァンカップのゴールは、チームへの置き土産としたのだろう。
種田本人、アカデミーでお世話になった9年間の恩を1点だけで返せるとは思ってはいない。しかし、内心は少し安心したのではないだろうか。
1点取っただけではクラブに対する恩返しをしきれないですけど、トーナメント戦でチームを1つ先に進めるゴールを決められたのは、良かったなとは思っています。
引用元:ゲキサカ
数年後、ひと回りもふた回りも大きく成長した姿で大宮のエースとしてユニフォームに袖を通すことを期待している。